古田一美さんという人物
生きていると「こういう女性になりたい」と思う人に、時々出会うことがある。10代のころは容姿淡麗な同級生だった。20代は仕事ができる職場の先輩、30代は頭がよくてメンタルコントロールが上手な外部の仕事関係者。
40代の今、何人かの惹かれる人たちに共通するのは「長く続けているものがあり、それをベースにご自身のアイデンティティが確立している」ということ。彼女たちはいつも穏やかで人に優しく、さりげない気遣いができる共通点がある。言葉にしなくても、その立ち振る舞いから自己肯定力の高さを自ずと感じる。
古田一美さんという女性もその一人で、初めてお会いした時からその魅力に心を掴まれてしまった。内側から自然に醸し出される柔らかな表情。相手に心地よさを与える所作の向こうに、彼女だけに存在する揺るぎない「芯」が見える。
調香師 古田一美さん
古田さんのお仕事は「調香師(ちょうこうし)」である。調香師とは文字通り「香」りを「調」合する専門家のことで、大きくパフューマーとフレーバリストの2つに分かれる。パフューマーは化粧品や香水など体の外で使用する香りを、フレーバリストは食品や飲料といった味覚に関連する香りを創造するプロのことで、古田さんは職人歴30年以上のベテランパフューマーである。
古田さんが調香と出会ったのは20代のころ、パートナーと東京三鷹市でギャラリーをされていた時だ。ある調香師の方を招き、当時まだ日本では馴染みのなかったオリジナルフレグランスを作るイベントを行った。それが有名女性雑誌や業界情報機関紙に掲載されたことで一気に評判となり、その流れで赤坂のファッションビルにパフュームショップを開店することになる。ギャラリーとショップ、二足のわらじで日々忙しく働きながらご自身も調香の技術を習得し、プロフェッショナルとして歩み始めることとなった。
赤坂のファッションビルでパフュームショップを開く
ショップの経営は上々で店舗拡大の話もあったが、「ひたすら働く」ことを中心とした生活に疑問を感じ、ここであっさり赤坂のお店は畳んでしまう。それでも一度赤坂の地に出店したという実績は大きく、三鷹のギャラリーで継続したオリジナルパフュームショップには、永田町界隈を中心とする一流の人たちが引き続き顧客として通ってくれた。その後、三鷹から青山へ移るなどしたが、永いお付き合いとなったお客様の顔ぶれはさして変わることなく、むしろ新しいお客様を連れてきてくださることも度々だったそうだ。
「ハイブランドの方々が望まれる香りを作るのは、楽しくて面白い体験だったわ」
古田さんに感じる強さの正体は、こういうところにあるのかもしれない。相手の立場で顔色を変えず、楽しみながら望まれる香りのコンセプトを具体的に生み出せることは才能や技術とはまた別次元の話で、きっと誰でも出来ることではない。
こうして東京の一頭地で長くビジネスを続けてこられたが、運命的なターニングポイントが訪れたのは10年ほど前のこと。そろそろ都会を離れ、自然が多い場所で、日々の時間の流れや生活の質を変えてみても良いのではないか。そんなことをパートナーと話しているうちに、君津のある場所と縁が生まれた。8年前に移住し、現在営業されている「久留里ミュージアム」をオープンする。
久留里ミュージアム
古田さんのお店は君津市久留里地区のKururi BOSCO内にある。BOSCOとはイタリア語で「小さな森」のこと。木々が生い茂る森の入口にあり、古田さんとパートナーが営まれる「久留里ミュージアム」のほかに「Cafe くるりぱん」「リラクゼーションルーム 天恵堂(てんけいどう)」などが軒を連ねる。
君津の森にある「Kururi BOSCO」
久留里ミュージアムはギャラリーエリアとショップエリアに分かれている。古田さんは今、お店の営業とフレグランスの仕事をオーダーで続ける一方で、長く心に思いめぐらせていたことを少しずつ形にされている。
フレグランスの世界で必ず関わるのが「天然香料」の存在だ。ゼラニューム、ラベンダー、オレンジやレモンの柑橘類もそうで、アロマオイルの売り場など眺めると、実に多くの植物が香料として使われていることがよく分かる。パフューマーにはそれらの知識も必要で、机上での勉学と合わせて、実際に栽培されている畑や森へ足を運び見識を広めるそうだ。
古田さんもよく生産者のもとを訪ね、農作業を手伝っていた。土に触れる時間が増えれば、自ずと自然に対する関心が高まる。続けるうちに、やがてそれは「薬草学」へと向かっていった。
植物にはそれぞれ「効能」と呼ばれる得意分野がある。それは香りのみならず、口から食べ物として摂取したり、化粧品や薬として肌に塗ったりなど、古くから世界中の様々な生活シーンで採用されていった歴史がある。
それらの知識をまとめたものが「薬草学」であり、これは西洋であるならば中世の時代から1000年以上も続いている学問だ。元はキリスト教の布教活動と結びついて発展し(修道院で作られ信者たちに与えられた)、その文化はイタリアでも強く生き続けている。
イタリアには今も「薬草薬局(エリポリステリア)」が各地に存在し、1000人ほどの村でも必ず1軒はあるほど人々の生活に根付いている。薬草(ハーブ)の専門家が相談に応じ、相談者のライフスタイルに合わせて、各植物の自然の力を活かしたセルフケア方法を提案してくれるらしい。
古田さんは年に一度イタリアへ渡り、一定期間集中して学ぶことを続けられている。
今も年に一度、本場イタリアに行って学ぶ
「身の回りの自然に循環しながら生きていきたい」。それが古田さんの長年の願いであり、現在のライフワークでもある。生命の源となる大地をなるべく汚さず、自然の恵みを活かして人々の生活に役立つものを生み出したい。その考えを主軸とした活動の1つとして、房総半島の養蜂家の皆さんと「Bee’s Work」の活動が始まった。
「ビークリーム」は久留里ミュージアムで取り扱われている商品の1つで、シンプルな素材と製法で作られた天然のクリームだ。素材は自然養蜂の蜜蝋、オーガニックホホバオイル、自然栽培のカレンデュラの3つだけ。傷んだ肌の回復を助け保湿力の高さも抜群で、長く愛用しているファンも多い。
房総半島の養蜂家チームで作る「ビークリーム」
リップクリームとしても効果があるので、古田さん自身も口紅を塗る前の乾燥対策として使っていたところ、ある日ふとひらめいた。
「これに色が付けば、唇のダメージケアと化粧、両方の役割を担えるのでは?」
添加物を一切使っていないビークリームにふさわしいのは、やはり天然の色素。それを使って実験してみたところ、思っていた以上に良いものができた。自分で好みの色を作れるようになれば、楽しい体験と上質な商品の提供がきっと可能になる。そう考えてさらに色のバリエーションを増やし、このたびのサービス開始に至った。
天然蜜蝋クリームで作るオリジナルの口紅
リリースされた情報を見て「作ってみたい!」と思った私は、すぐに予約を入れた。
体験当日、目の前に用意されたのはビークリームと8色の天然鉱物色素(ミネラルパウダー)。古田さんが見定めた最適粉量があり、最初にベースとなる色を決めたら、最大量より少し少なめの量をビークリームに加える。その後は実際唇に塗って試しながら、少しずつ色を足して目標に近付けていくスタイルだ。
天然の蜜蝋クリーム「ビークリーム」とミネラルパウダー
普段使いならば健康的な唇を演出してくれるような、淡いピンク色がいい。一方でまもなく50歳を迎えるので、少し濃いめの大人っぽいアンバー色にチャレンジしてみたい気持ちもある。どっちが良いかな。
迷う私に、古田さんが提案してくれた。
「クリームを2つに分けて2色作ってみたら? 2色でもお値段は同じだから。普段使いのほうを多めに作って、お出かけ用は少なめにするのはどう?」
ビークリーム本体の値段は1680円。ここに体験代500円、2色作る場合は容器1つ追加で100円。合計2280円で2色のオーガニック口紅を手にいれることができる。
これは相当お得な内容だ、乗らない理由はない。
重さを測ってビークリームを分け、2色の口紅を作る
まずは8gのビークリームを二分するところから。淡いピンク色のほうを5g、濃いめアンバー色のほうは3gに決めた。先に淡いピンク色から作ってみることに。ベース色は「アプリコット」を選択。規定量8割くらいの粉をクリームに加えてよく混ぜ、粉っぽさがなくなったところで唇に乗せて、顔映りをテストする。芸妓さんのように小指につけてスッと紅をひく仕草は、初体験ならではの照れくささもあるけど、やっぱりドキドキ感のほうが勝ってしまう。
小指で紅をひくのは、ちょっと恥ずかしくてくすぐったい
可愛らしくもしっとりと落ち着いた色合いは、シャビーシックなインテリアを思わせる。若いころ好んでいた「鮮やかで分かりやすい色」とは違い、いくつかの色がほんのちょっとずつ含まれているような、そんな色。今の私には似合っているんじゃないかな。口紅をつけているという感じがあまりしないところも好きだ。
この1回目のテスト色が気に入ってしまって、他の色を足すことなく普段使いの紅は完成した。
続いて濃いほうに取り掛かる。こちらはつけるときの服装や場所を選ぶことになるけれど、これぞ!という色が作れたら、若いころ足を運んでいたオシャレスポットに再びチャレンジする勇気が持てるかも。もしくは落ち着いた一人の大人女性に、一歩近づくことができるかな。
化粧や服装は時に、身につける人の性格まで変えてしまうものだから。
ベース色に「ボルドー」を選び、追加で「アンバー」を少し加えたら、ものすごく大人っぽい一色が完成した。私では持て余してしまう気もするけど、これをつけた日は「オシャレしよう!」という気持ちにスイッチが入りそう。
テストでのせた大人色の紅をそのままに、古田さんと食事に出かけることにした。今日の彼女の服装はゴールドのサマーセーター。抜き襟のデザインで、大人っぽくて気品がある。ステキだな、こういう服は買ったことがないけど、今度挑戦してみようかな。
早くも口紅の魔法が効き始めた夜である。
情報のまとめ
今回立ち寄った場所の情報です。
- 住所
- 〒292-0434 千葉県君津市向郷 字一念坊1558−1
- SNS
- https://www.instagram.com/kururi.bosco/


- おすすめポイント
- 君津の森の中にあるアートギャラリー。ショップエリアでは自然の循環を大切にしたオーガニック商品を数多く取り扱っています。天然の蜜蝋クリームを使って作るオリジナルの口紅は、自分用&親しい方への贈り物にぜひ。