房総エッセイ

房総の冬、夕暮れの田んぼで「どんと焼き」の火を見る

新着記事

房総の移住地に残る「どんと焼き」の風習

房総の他の地域は分からないが、私の移住地には今も「どんと焼き」の風習が残っている。
年明けに行われる、いわば火を使った正月の締めくくりだ。
 
どんと焼きとは、正月飾りやしめ縄、書き初め、古いお守りなどを一箇所に集めて焼き、その炎や煙とともに年神様を空へ送り返す行事である。無病息災や家内安全、五穀豊穣を願う、日本各地に残る伝統行事だ。
地域によって呼び名や形はさまざまで、「どんど焼き」「左義長」などとも呼ばれている。
 
この地域の特徴は、木材や笹を使って、やぐらをタワー状に組むことだ。見上げるほどの高さで、体感では七メートルくらいはあったように思う。
開催場所は、田んぼの中にぽつんと設けられた広場。周囲に建物はなく、空が大きい。
 
この日はかなり冷え込んだ。
ただし天気は申し分なく、空には満月、そして星。房総の冬らしい、澄んだ夕暮れだった。寒さにもかかわらず、地域の人が次々と集まってくる。

火は、一瞬で高く燃え上がる

どんとやぐらに点火
 
点火は五人ほどがトーチを持ち、合図とともに一斉に行われた。
その瞬間、火はためらいなく上へ伸びた。
 
ここしばらく晴天続きで、空気は乾燥していた。やぐらに組まれた木材も、しめ縄も、納められたダルマも、すっかり乾いていたのだろう。
火は驚くほどの速さで燃え広がり、火柱と呼ぶしかない高さにまで達した。
 
どんとやぐらに点火
どんとやぐらに点火
 
「熱い!」
子供たちが一斉に後ずさる。
「こわい!」
親にしがみつく子もいる。
 
木が爆ぜ、ダルマが割れ、乾いた音が夜気に響く。まるで生きているかのように、火の粉がいくつも舞い上がっていく。
十歳くらいの男の子が、弟と思われる小さな子の前に立ち、「近寄ったらいかん!危ない!」と制しているのが見えた。
誰に教えられたわけでもない、きっと本能的に体が動いたのだろう。

一年、無事に過ごせて良かった

背後から、知らないお母さん同士の会話が聞こえてきた。
声の感じからして、おそらく自分と同世代。どうやら子供が同級生らしい。
  
「今年も開催できて良かったわね。」
「本当。無事に一年越せて良かった。」
  
その言葉が、妙に胸に残った。
 
私は今年、49歳になる。父は55歳で病に倒れ、そのまま60歳で亡くなった。自分だって、同じような運命をたどらないとは限らない。これから先は不慮の事故などではなく、病で命を落とす友人や知人も確実に増えていくだろう。
  
「一年無事に過ごせた」
「また一緒に、この火を見ることができた」
「また願いを託すことができた」
  
そんな気持ちが、とても良くわかる。会いたい人には、なるべく会っておきたい。
よく「同窓会は見栄やプライドの張り合いだ」と言われるけれど、本当だろうか。少なくともこの年齢になると、そう単純ではない気がする。
それぞれが、それぞれの場所で、幸せになりたくて必死に生きてきたはず。その結果が今の立場であり、今の暮らしなのだから。再会できたときは収入や肩書きなんて気にせず、「よくここまで生きてきたね。お互い元気で良かった!」と、ただ素直に労い合えたらいい。
 
機会を逃したら二度と会えないことだって、これからは起こり得るのだから。

どんと焼きが子供たちに残すもの

ふいに声をかけてくれたのは、隣家(表農家さん)の娘さんだった。お母さんと一緒に来ていたらしく、三人で火を見ながら話をする。
  
「昔はね、どんどやぐらがもっと大きかったの。二つ組まれてね。子供も多かったし。」
「でも、続けていけることが有難いわよね。文化を継承しようと動いてくれる人たちがいるから、こうして続けられる。」
  
最近は山火事など、大規模火災のニュースが後を絶たない。環境面や安全面から、神社や地域で火を焚くこと自体が難しくなってきた。どんと焼きに対する考え方も、人それぞれだろう。
それでも私は、この行事には本来の目的(年神様を送り、無病息災を願う)以外にも、大切な意味があると思っている。
 
それは、火の恐ろしさを知ることだ。
 
動画サイトでいくら爆発や大火事の映像を見ても、本当の熱さや、火が広がる速さの恐怖は分からない。バーチャルとリアルは全く違う。
今日、点火の瞬間に立ち会った子供たちは「火は条件がそろえば一気に大きくなる」「大きくなった火は、命の危険を感じるほど熱い」ということを、本能で理解したはず。
その記憶は「火遊びは本当に危ない」「キャンプや花火でも気をつけよう」という意識として、きっと長く残るだろう。
文化的行事とは、実際の世界で行われるからこそ、目的以上の何かを残すのだと思う。

火を見て、饅頭をもらって帰る

私は特に何かをしたわけではない。ただ火を見ていただけ。
それでも帰り際、紅白のお饅頭をもらった。子供たちはお菓子がたくさん入った袋を抱えて、嬉しそうだったなあ。
和菓子好きの大人(つまり私)も、もちろん嬉しい。明日のおやつの時間が今から楽しみだ。
 
紅白饅頭
参加賞(?)の紅白饅頭
また来年も、
「無事に、どんと焼きの火を見られて良かった。」
そう思える一年でありたい。

HOME
タイトルとURLをコピーしました