この先にお店はあるのか?

国道465号線から入る道が、まず細い。
車一台分。対向車が来たらどうすれば良いのだと、少し不安になる幅だ。
(本当に、この先にラーメン屋があるのだろうか?)
オロオロしながら進むと、左手に岩を切り開いたダイナミックな入口が現れた。そこを抜けると視界が開け、農家の敷地が広がる。
建物の玄関には「木琴堂」と書かれた緑色の暖簾が、風に揺れていた。


この日は二月だというのに三月下旬並みの陽気。ぽかぽかと暖かく、庭先には春の匂いが漂っている。車は奥の駐車場と庭先を合わせて10台くらいは停められそうだが、敷地内はほぼ満車。東京ナンバーの車がずらりと並び、どうやら房総ドライブ組が多い様子だ。
店に入ると「ご予約はされていますか?」と声をかけられた。どうやら基本は予約制らしい。
残念、出直しか。そう思った瞬間、「外のお席でも良ければ、今ならご案内できそうです」と笑顔を向けられた。
今日は絶好の外席日和。むしろ願ったり叶ったりである!
木琴堂というお店
木琴堂ラーメンの原点は、店主が子どもの頃から慣れ親しんだ地元の醤油ラーメン。
富津市在住歴=年齢という店主が、70歳を前に「未知への挑戦」として開業を決意。ご家族や周りの方々の協力を得て、2021年5月にオープンしたらしい。
ちなみに店名の由来は、営業日である「木・金・土」から。
狭い切り通しを抜けた先に広がる田園風景。鳥の声を聞きながら、風が抜ける庭やテラスでラーメンをいただく。そんな、少し特別な時間を過ごせるお店だ。
前述のとおり、基本は予約制。道の狭さ、待ち時間の短縮、駐車場の制限などを考え、すべては「安心して食事を楽しんでもらうため」の、民家営業ならではの配慮がうかがえる。

貼り紙と洞穴、2つに心うばわれる特別席
さて、案内されたテラス席にて。
目の前の張り紙に視線が吸い寄せられ、心は一瞬で決まる。本日いただくのは「木琴堂ラーメンと季節のごはんセット」だ。
農家の庭での食事は、まるでどこかのお宅にお呼ばれして、昼食をご馳走になるような気分になる。
暑くもなく寒くもない、奇跡のような完璧な気温。真冬だから蚊もいない。自然からの粋なサプライズだろうか、そよ風まで吹いている。鳥の鳴き声も聞こえるな。ウグイスはまだ早いから、ヒヨドリかな。
もう一つ気になったのは、庭の一角に掘られた穴。後で聞いたら、かつての防空壕だそうだ。中を覗き込むお客さんもいたが、私は尻込みしてしまった。
何事も経験で、見ておけば良かったかな。
木琴堂ラーメン+季節のごはんセット
木琴堂ラーメン
「お待たせしました〜」
お膳が目の前に置かれた瞬間、思わず声が出た。
「うわ、うわ、うっわー!」

ラーメン木琴堂の「Cセット」
美味しそう!本当に美味しそう!
この感情は何だろう。忘れていた、懐かしい何かが、胸の奥で弾ける。
! 一目惚れだ…。私は今、このラーメンセットのビジュアルに恋をしているんだ。

ラーメンのベースは千葉が誇るご当地麺「竹岡式」。チャーシューを煮た醤油ダレをお湯で割るという独特のスタイルだが、こちらでは素材へのこだわりが尋常ではない。
天保五年創業、宮醤油店の「たまさ醤油」を使用。木桶で一年熟成されたコクとまろやかさが光る。
【麺】
竹岡式といえばこれ、都一株式会社の乾麺。スープをよく吸い込み、生麺にはない独特の食感と旨みがある。
【チャーシュー】
自家製でじっくり煮込まれた一品。分厚くて脂がのり、口の中でホロリと解ける。
【海苔】
栄養豊富な東京湾で育った富津産。磯の香りが濃い。
【玉ねぎ】
白子町特産。みずみずしく、甘みが際立つ。
【青野菜】
地元「天羽ふるさと館」から旬の味を仕入れる。
【水】
神社の湧水を使用。酒や醤油作りに適した良質な地下水だという。
【茹でたまご】
君津産「菜の花エッグ」。アスタキサンチン豊富な濃厚な味わい。
他にも、自宅の竹林から採れたタケノコで作る「自家製メンマ」や、サービスで付く「季節の小鉢」など、千葉県の魅力が存分に詰まった一杯だ。
店主はこの地のご出身。思い出の味を今に再現されているのだろう。

竹岡式といえばやはりこれ!縮れ乾麺にスープがよく絡む

分厚い…!脂がのり、ほろほろと柔らかい

これをご飯にのせたら…。想像しただけで危険ですが、メニューには「ミニチャーシュー丼」のご用意もあります。
今の季節、青菜は菜の花。ここも房総らしくて好きだなあ。
玉ねぎが驚くほど美味しいと思ったら白子町産だった。道理で。次回は玉ねぎトッピング追加確定!!!
タコ飯

香りで分かる。あっさりしていながら、深い海鮮の旨み。
一口食べる。やはり優しい。針生姜と大葉がよい仕事をしていて、風味をきゅっと引き締める。ラーメンの力強さと、たこ飯の優しさ。緩急の幸せが交互に押し寄せてきて、泣きそう。
誰か鎮めて、私の感情を。
甘夏の砂糖漬け

缶詰ではない。生の果実をむいて、砂糖に漬けたもの。しっかり味わった後に、口の中が爽やかにリセットされる。
柑橘の皮をうまくむけなかった幼い頃、親がむいてくれた記憶が、ふとよみがえった。
箸袋が魅力的でお持ち帰り
箸が入ってた袋が気に入り、持って帰ってしまった。紙質とかすれ具合から、この木琴堂のマークは印刷ではなく、ハンコで手押しされたものだろう。丁寧であたたかな、体温を感じる仕事。今日味わった料理とイメージが重なる。

袋の入口を糊で閉じ、穴を開けて栞に仕上げた。想像していたよりも可愛くて上品な出来栄えだ。
「どこの本屋さん?それともギャラリー?」
木琴堂のことを知らない友達に見せたら、こんな問いが返ってきそう。
そしたら現地まで連れ出し、お店の正体とラーメンの美味しさで、2度驚かせてみたい。
