房総エッセイ

鴨川市 清澄寺の宿坊で迎えた特別な年越し

清澄寺の宿坊で迎えた特別な年越し おでかけ

房総の山頂に佇む広大な聖域

初の宿坊体験場へ到着

登っても登っても、一向に寺は見えない。ナビの案内は房総の山奥へと向かうもので、道は整備されているものの、時々山道らしき場所を通過する運転は、修行の入口として十分すぎる緊張感だった。
  
(本当にこの道で合ってるんだろうか? もしかして、目的地はとんでもない秘境なのでは…)
  
そんな不安が頭をよぎったころ、ようやく目指す「清澄寺」が姿を現した。
  
千葉県鴨川市清澄寺
鴨川市の山頂に佇む清澄寺
海抜377メートル。東京ドーム約2.4個分という広大な境内には神仏の気配が濃く漂っており、唯ならぬ雰囲気を感じる。今日は大晦日。数人の僧侶と地元の檀家さん達だろうか、数時間後の年明け準備に追われているのが見える。
駐車場に車を停め、受付で宿泊手続きをする時に「新年の一番祈祷はどうされますか?」と尋ねられた。聞けば新年開けてすぐ、本堂にて年最初のご祈祷行事が行われるらしい。そんな経験は滅多にできないから、もちろん二つ返事で申し込む。
 
こんな聖域で迎える2026年の幕明け。すごい体験になりそうな予感がする…!
  
千葉県鴨川市清澄寺宿坊
宿坊部屋はまるで旅館のよう
清澄寺の宿坊は、想像していた修行僧の雑魚寝部屋とは程遠い、現代的な和室だった。10畳の空間にはエアコン完備、スマホの電波も届いているし、ロビーに降りればWi-Fiエリアもある。
旅館のような快適さに拍子抜けするが、テレビがないという一点が、ここが「学ぶ場」であることを静かに主張していた。今夜はなるべくスマホを閉じて、自分と向き合う時間を作ってみよう。

清澄寺のゆかり

千葉県鴨川市清澄寺仁王門
清澄寺境内への入口 仁王門
ここで少し、この古刹の歴史に触れておきたい。清澄寺の開創は八世紀後半(750年〜799年。奈良時代末期から平安時代初期への転換期)、不思議法師と呼ばれ受け継がれる人物によるとされている。
  
千葉県鴨川市清澄寺 旭が森日蓮大聖人銅像
旭が森 日蓮大聖人銅像
1200年以上の時を刻むこの山が、歴史の表舞台に大きく登場するのは鎌倉時代のこと。日蓮宗の開祖・日蓮聖人は12歳でこの山に入り、道善法師に師事して出家得度した。勉学修行に励んだ聖人が、32歳の時に太平洋から昇る朝日に向かって初めてお題目を唱え、「立教開宗」を宣言した場所こそが、ここ清澄寺である。
  
千葉県鴨川市清澄寺中門
中門は茅葺きの切妻造り
境内には正保四年(1647年)建立の「中門」や、徳川家康の側室・お万の方が奉納したと伝わる「祖師堂」の日蓮聖人像など、歴史の重みを伝える文化財が点在している。
  
「ここに来る山道、車でもずいぶん長いと感じたけど、昔の人は当然徒歩。12歳でここまで登ったのか…」
  
その志を思うと足元の一歩一歩が少しだけ、背筋の伸びるものに変わるから不思議だ。

清澄の大スギと、旭が森

千葉県鴨川市清澄寺の千年杉
単木としては国内第二位の大きさ
夕食までの間、境内を散策してまわる。圧倒されたのは国の天然記念物「清澄の大スギ」だ。別名、千年杉。空を突くようなその巨体を見上げていると、自分の悩みなんてちっぽけな砂粒のように思えてくる。
この杉は何百回、こうして新しい年を迎えてきたのだろう。
  
千葉県鴨川市清澄寺の旭が森
山頂の敷地内で、さらに高い頂にある旭が森
さらに足を伸ばして「旭が森」へ。そこは「森」から想像する木々生い茂るところではなく、眺めの良い高台のような場所。離島を除き、日本で最も早く初日の出を拝める場所だという。丘の上に立つ日蓮大聖人の銅像が見下ろすはるか先には、太平洋の水平線。
  
「明日の朝は、きっと大混雑だな。はてさて、どうなることか…」
  
冷たい風に首をすくめながら1人ぼやく。なんのことはない、大勢の人ごみの中で、自分もちゃんと初日の出を拝めるのかが心配なだけだ。
この煩悩、はたして今宵の除夜の鐘で落とせるのか。
  
旭が森から降りるスロープ
旭が森へはスロープでも登れる
帰りは階段をやめてスロープから降りた。ぐるぐると長いけど、これなら車椅子やベビーカーに乗った人も、頂上まで行くことができる。ところどころ休憩のベンチが用意されている心遣いもステキだ。

小さなお稲荷さん

千葉県鴨川市清澄寺
チラリと見える赤い鳥居
宿坊に戻ろうとしたら、小さな赤い鳥居に気がついた。細い階段の上にお社が見えて、登ってみればお稲荷さん。こっそり存在している様子がなんだか可愛くて、宝探しで良いものを見つけた時のような、嬉しい気持ちになる。
  
千葉県鴨川市清澄寺のお稲荷さん
  

大晦日の夜

夕食とお風呂

日が落ちる前に部屋へと戻り、心静かに2025年を振り返ったりなどしているうちに、夕食の時間となった。食事の時間は決まっており、宿泊者全員1階の食堂で取るシステムだ。煮物など野菜が多いが精進料理というわけではなく、エビの天ぷらやシャケのおにぎりもあった。大晦日なので年越しそばもついており、頑張って完食するほどのボリューム。
  
千葉県鴨川市清澄寺の夕食
大晦日らしいお食事で嬉しい!
夕食後はお風呂に入る。ここは宿坊であるが、「修行」というより「会社の研修」「学生の合宿」でよく使われる場所らしい。したがってお風呂も大人数で入られるような設えで、広い浴室は清潔に保たれ、シャワーも8台ある。
ただ、備え付けのリンスインシャンプーがなかなか手強い。冬の乾燥と相まって、ドライヤーで乾かすと髪が箒のようになってしまった。ドラッグストアでよく売られている一回使い切りのシャンプー&リンスを持ってくると良いかもしれない。

氷点下の水行、剥き出しの生命力

千葉県鴨川市清澄寺大晦日
  
深夜になると、徐々に人手が増えてきた。お寺のすぐそばにあるカフェも、2025年最後の時間をのんびり過ごす人たちで溢れている。
23時を過ぎるころ、境内の空気は一層冷たさを増した。房総は温暖だという先入観は、この山の頂では通用しない。ダウンジャケットの上からでも刺すような寒気の中、始まったのは三人の僧侶による「水行」である。
  
千葉県鴨川市清澄寺大晦日の水行
吐く息も白い空気の中、迫力ある光景
(ひええ、見ているこっちが凍りそう。でも、なんて力強いんだろう)
  
肺の奥が凍りつきそうな光景だが、不思議と目は逸らせない。それは単なる儀式を超えた、圧倒的な「生命の躍動」だった。
  
そして儀式が終わった瞬間、突如静寂は破られた。観客たちがワッと、結界のように張られていた縄へ一斉に詰め寄ったのだ。狙いは縄にぶら下がる「祝詞」。その熱量に押され、私も思わず手を伸ばし、目の前の一枚を掴み取ってしまった。
さて、手にしたものの、扱いが皆目見当つかない。ぼんやり見つめていると、隣にいた警備員らしき男性に声をかけられた。
  
「それ、どうするんですか?お家の神棚とかに飾るの?」
「…いや、それが、私も初めてで。雰囲気に飲まれてつい取っちゃって。どうしたらいいんでしょうね。」
「え?分からずに取っちゃったの?」
  
深夜の境内で、見知らぬ誰かと顔を見合わせて笑う。そんな一期一会も、大晦日という不思議な時間の仕業だろう。

除夜の鐘に煩悩を託す

千葉県鴨川市清澄寺、大晦日の除夜の鐘
108人による除夜の鐘つきが始まる
23時30分、今度は除夜の鐘が始まった。第一打を放つのは、清澄寺の貫首である。重厚な音が山々に吸い込まれていく。驚くべきは、二打目以降の扱いだ。なんと、宿坊の宿泊者が優先的に鐘を突かせてもらえるという。長蛇の列に並ぶ一般参拝客を横目に、私は六番目という早さで巨大な鐘の前に立った。
  
ここに来て、除夜の鐘をつくのは人生初ということに気が付く。
(48歳にしてなお、初体験できるとは人生の妙!砕け散れ煩悩!!!)
ずっしりと重い撞木(しゅもく)を構えて、体ごとぶつけるように放った。
  
――ゴォォォォン……。
  
腹の底まで響く振動とともに、一年分の澱(おり)が吹っ飛んでいくような感覚。この「VIP待遇」とも言える体験ができるだけでも、宿坊に泊まる価値は十分にある。

轟音と祈りの渦、新春一番祈祷

日付が変わった2026年の幕開け。本堂(大堂)へと上がり、新春一番祈祷に臨む。日蓮宗のご祈祷は、私の想像を遥かに超えるパワフルなものだった。十人ほどの僧侶が声を揃えて唱えるお題目「南無妙法蓮華経」。そこに団扇太鼓や木柾(もくしょう)といった鳴り物の音が重なり、堂内は巨大な音の塊と化す。それは「静かな祈り」などではない。魂を揺さぶるような、凄まじいエネルギーの放射だ。
  
(まるで大きな”気”の渦の真ん中にいるみたい。音の振動でビリビリする!)
  
実家も親族もこの宗派ではない私にとって、それは未知の体験だった。あまりの轟音と熱気に圧倒され続け、終わる頃には心地よい疲労感さえ漂う。
その夜、興奮でなかなか寝付けなかったのは、きっと私の魂がまだあの音の中で踊っていたからだろう。

2026年元旦の朝

初日の出に向かう行進

元旦、午前6時30分。まだ夜の帳が落ちきらぬ館内に、起床を促す放送が流れた。
  
「……うう、眠い。けれどここまで来て日本一早い初日の出を逃すなど、あるまじき行為!」
  
気合で布団を跳ね除け、身支度を整えて集合場所へと向かった。目指すは昨日の「旭が森」。そこへ向かう道中、宿泊者だけの特別な「儀式」が待っていた。
団扇太鼓を打ち鳴らし、朗々とお題目を唱える三人の僧侶。その後ろに、私たち宿泊客が縦一列になって続くのである。いわば「祈りの行列」だ。
初日の出の名所ということで、やはり旭が森はすでに多くの一般参拝客で埋め尽くされていた。その人混みの間を、お題目の音とともに粛々と行進していくのは正直少し恥ずかしい気持ちもあったが、ここでも驚くべき宿泊者のVIP待遇があった。
なんと、初日の出を最前列で見られるのである。行進してきた僧侶たちと一緒に、一番良い場所に案内された。
  
(これは…。アー!大晦日に宿坊に泊まって本当に良かった!)
  
千葉県鴨川市清澄寺、2026
2026年初日の出は残念ながら見えず
残念ながら2026年の初日の出は厚い雲の向こう側だったけれど、冷たい風に吹かれながら見知らぬ人々と共に同じ空を仰ぐ時間は、何物にも代えがたい清々しさがあった。

祖師堂の静寂と、驚くべきお雑煮

丘を降り、そのまま祖師堂へと向かう。午前7時30分。貫首(かんしゅ)自らが執り行う「祝祷会(しゅくとうえ)」に、宿泊者は参列させてもらえる。
天井の高い祖師堂は、煌びやかな文化的装飾が施された荘厳で美しい空間だ。そこに響き渡る声明は、耳にやさしく、心の奥へと染み込んでくる。宿坊といえば、早朝から雑巾掛けや作務に追われるイメージがあったが、ここではただ祈りの場に身を置くことが許される。穏やかな空気の中、響きに身を委ねているうちに、心が凪のように静まっていくのが分かる。
  
「整う」って、こういうことなんだな。
  
そして8時40分、待ちに待った朝食の時間。正月料理と共に並んだ一杯のお雑煮を一口食べた瞬間、私は目を見開いた。
「ワッ!このお餅、とろけるのに力強い!」
  
千葉県鴨川市清澄寺、元旦の朝食
宿坊で頂いた2026年最初の朝食
配膳の女性が「私がついた餅です。気に入ってくださって嬉しい」と目を細める。このお雑煮を食べるためだけに、来年もまたこの険しい山道を登ってもいい。本気でそう思わせるほどの、滋味深い味わいだった。
  
10時、チェックアウト。清澄寺を後にする頃には、心なしか体が軽くなっていた。不便を楽しむ覚悟で訪れたが、そこにあったのは自分をリセットするための「整えられた環境」だった。
さて、今年はどんな一年になるだろうか。まずはこの軽やかな足取りのまま、家路につこう。

情報のまとめ

千葉県鴨川市清澄寺仁王門
大本山清澄寺だいほんざんせいちょうじ
住所
〒299-5505 千葉県鴨川市清澄322−1
HP
http://www.seichoji.com/
千葉県鴨川市清澄寺千年杉
おすすめポイント
日蓮聖人が立教開宗を宣言した、房総の聖域です。千年の時を刻む巨杉、国指定文化財の建築美など、見所がたくさんあります。宿坊体験もできるので、都会の喧騒を離れ、自分を整える旅にこれ以上ない場所です!
祝詞、お札、お酒、お菓子
頂いたもの
大晦日の水行で思わず掴んだ祝詞、新春一番祈祷参列者にはお札(大菩薩)・御法水(お酒)・お菓子、初日の出後の祝祷会のお札(日蓮聖人)
千葉県鴨川市清澄寺宿坊の浴衣
女性のための宿坊メモ
⚫︎用意があるもの
浴衣、歯ブラシ、フェイスタオル1枚、お風呂場にドライヤー(乾かす系)
⚫︎持参おすすめグッズ
ティッシュBOX、バスタオル、1回使い切りのシャンプー&リンス、化粧水や乳液などのアメニティ、スマホ充電器
千葉県鴨川市清澄寺宿坊の電子レンジ
その他
休憩スペースにレンジがあるので、お夜食や間食にはレンチン系もOKです。お部屋にはポットにお湯の用意もあります。
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